HOME   »  ツーリング日記   »  ソロ林道ツーリング  »  雛鶴峠

雛鶴峠

雛鶴姫(ひなずるひめ)を御存じでしょうか?


護良親王(もりよししんのう / もりながしんのう)は第96代後醍醐天皇の皇子で、建武中興の直後、父天皇とともに時の幕府と対立したため、

足利直義(ただよし)に捕らえられ、建武2年(1335)相模国鎌倉二階堂谷の東光寺(現、神奈川県鎌倉市寺分)に

幽閉され首をはねられた悲運の皇子であった。

首をはねられた時の親王は、あまりの無念さから、刺客となった渕部義博(伊賀守)を睨みつけたまま死んでいったため、

義博はその恐ろしい親王の首級を、足利直義の前へ差し出すことができず、牢獄の近くの竹薮に捨てて逃げ去ったといわれる。

Webより拝借
ishifunejinja_fukuganshukyu.jpg


山梨県都留市朝日馬場の石船(いしふね)神社【地図⑪】で毎年正月15日に初祭りが執り行われますが、その際に同神社に安置されている大塔宮おおとおのみや 護良もりなが親王の「御首級ごしゅきゅう」が公開されます。

護良親王の御首級は江戸時代に復顔術が施され、「石船神社の復顔首級」として都留市指定有形文化財(第18号有形民俗文化財)として金庫に保管された状態で、神殿に安置されています。同神社では毎年正月15日の初祭りの際に、その年の祭礼当番が御首級の無事を確認する仕来たりとなっている。




石船神社【地図⑪】
P5060070.jpg


P5060072.jpg




護良親王が首をはねられた、東光寺【地図①】(現、神奈川県鎌倉市寺分)に幽閉された際、

同行して勤仕していた雛鶴姫という女性が居ました。

雛鶴姫と数人の従者たちは護良親王の御首級を抱いだいて鎌倉からの脱出を図ります。

一行は先ず同国鎌倉郡下柏尾村(現、神奈川県横浜市戸塚区柏尾町)の王子神社【地図②】に足を運び、ここで護良親王の御首級を洗い清めます。(「首洗くびあらい井戸」として伝承されている)

当初は東海道から京に帰洛しようと計画しますが、足利氏の兵で東海道が警戒厳重なのを考慮し、小田原より引き返して

甲斐・信濃をまわるコースに変更します。

一行は山を信仰する者に扮し、夜は農家の軒先で夜露をしのぎ、食料は木の実を食し、

少量を農家より分けてもらい、疲れと空腹と戦いながら苦しい旅を続ける。

大山(神奈川県伊勢原市・秦野市・厚木市にまたがる山、丹沢大山国定公園)を経由し、

相模国愛甲郡津久井の青山村(現、神奈川県相模原市津久井町青山)まで辿り着いたが、

雛鶴は護良親王の子を宿して居た為、青山の寺院に逗留して病を癒します。

その間に護良親王の三十五日忌の供養を営み、小高い丘に供養塔を建てて護良親王の霊を慰めます。

この供養塔は応安4年(1370)の大塔宮33回忌の際に沙弥蓮明がこの塚で『法華経』千部を修して

宝篋印塔を建立して以降、「千部塚」【地図③】と呼ばれるようになった。

3か月ほどが経ち、雛鶴姫の病が快癒するとこの地を離れ、甲斐へ逃れて行きます。

牧馬峠【地図④】を経て甲州秋山に入って桜井の裏山【地図⑤】にある王沢で一休みしたあと、

古福志の四ッ堂【地図⑥】に7日間逗留し、そののち神野沼田から王野入屋敷を経て無生野へたどりついたといわれている。









牧馬峠【地図④】
峠には乗用車しか通過させないようガッチリしたポールが建っている。
峠にはギフ蝶保護の看板や監視テントが設置されている。展望の良い所は無い。
P5060034.jpg



桜井の裏山【地図⑤】
どこの山が裏山にあたるのか判らないが、ここは桜井です。
P5060038.jpg



古福志の四ッ堂【地図⑥】
ここが古福志です、ここもこれと言った物は無さそうです。
P5060042.jpg



秋山川上流部は当時人家も少なく、宿を乞う家も見当たらないまま雛鶴姫は産気づいてしまう。

従者たちはやむなく、付近の木の葉を集めてしとねとし、そこを産所として皇子を出産したが、

その日は師走の29日であったと言われ、真冬の寒さと飢えのため、雛鶴姫と生まれたばかりの皇子は他界してしまった。

【地図⑧】【地図⑨】

悲しんだ従者たちは、雛鶴姫と皇子の亡骸を手厚く葬り、護良親王の神霊とともにこの地に祀り、

永久に冥福を祈るためにここに帰農した。

雛鶴姫が臨終の際に悲しみのあまり、ああ無情…と嘆いたことから、この地が無情の野と呼ばれるようになり、

無情野、そして無生野という地名になったと伝えられている。

それから約20年後、護良親王の王子である綴連王(つづれのおう)が戦乱の中を逃れ、この地にたどり着くと、

無生野の人々から雛鶴姫の話を聞かされた。

綴連王は無生野と自分との不思議な因縁を感じ、この地に住むようになり、一子五孫の繁栄を見て天寿を全うした。

無生野の人々は、大塔宮護良親王、雛鶴姫、綴連王の3人を神に祀り、その供養のために大念仏を始めたと伝えられている。

無生野の大念仏:
古くから無生野地区の人々により連綿と受け継がれてきたもので、太鼓や鉦鼓(鉦叩)などの鳴物を鳴らし経典を唱え、踊り手は太刀や締太鼓を持ち鳴物の周囲をめぐるという、舞踊の初源的な姿を留めており、さらに演目次第の中に病気平癒への祈祷の意味を持つものがあるなど、祭祀行事から芸能へと進展する過程を示すものとして重要な無形民俗文化であり、かつ地域特色が濃い伝統行事である。




雛鶴神社【地図⑦】
県道35号沿いあり、直ぐに判ります。
この地には小さな祠があるだけだったが、信者の努力により平成元年10月22日に再建されたそうです。
P5060044.jpg




石像と墓石、墓石はそれなりですが、石像や神社は新しくてイマイチ盛り上がりませんね(^^;
峠を越えて雛鶴姫が無くなった場所の方が雰囲気ありました。
P5060053.jpg




一般には知られていないのでしょうか、看板の役目をしていません、訪れる人も少ないのでしょう。
P5060043.jpg




さて、神社を後にし、次、行きます。

3/20に『村の名の由来』でここに訪れた時、雛鶴姫の墓と書いてあり、入ってみたが雪で通行不可でした。

今回行くまで、ここが神社だと思い込んでいましたが、ここは何なんだ?

今回は無事に辿り着けました。
P5060076.jpg




未舗装路を300~400m程走ると広場に出る、そこに看板があった。【地図⑨】
P5060080.jpg




【地図⑨】切り取られた『供の松』の根と新たに植えられたイチョウの木
P5060096-1.jpg




【地図⑧】
峠を越えて産気づいたとどこかに書かれていた、村人に助けを求めたが、村人は足利氏の仕打ちを怖れて助けず、

一行は仕方なく峠を越えた。その時に姫は「ああ無情」と言ったとある。

そこから無生野になったと言う説もあるが。。。村人は情があったのか?無情だったのか?

ここは雛鶴姫が無くなった地
P5060100.jpg



【地図⑧】
P5060083.jpg




【地図⑧】
P5060087.jpg




ここにある鳥居や墓石は新しいものです、神社と同時期に立てたのでしょうか?小屋の中にある祠はどの位の年代のものか
判りません。ただ雰囲気の良い場所でした。

墓石の後ろには県道35号を挟んでリニア新幹線の実験路線が見えます。



ちなみに、雛鶴峠に行ってみました、現在は新トンネルが出来、峠は走りません。

旧道を行きましたがトンネルは通行禁止です。寂しい場所でした。【地図⑩】
P5060058.jpg






今回の探索ツー、近場で済ましましたが、このような伝説があるとは知りませんでした。
雛鶴姫の墓石や神社は新しく、年代を感じる事が出来ず興ざめですが、新緑が綺麗で雰囲気の良い所でした。




次回の励みになります、ポチッとお願いします。
にほんブログ村 バイクブログ 林道ツーリングへ
にほんブログ村



参照:
歴史~とはずがたり~
相模原郷土の歴史研究会 相模原歴史シリーズ



関連記事
スポンサーサイト
Comment
No title
お邪魔様。

ムフフ。
Re: No title

お粗末様。

エヘヘ。

言い訳させて、WEB観てたら急に思い付いた訳よ、雨も何とか持ちそうだったし。
取材のみだったから、同行したら全く面白くなかったでしょう!

次回は走り応えあるよ。
こんにちは♪ぽちです。
GW終わっちゃいましたね。妙に暑かったり、急に寒くなって天気も悪かったりと、バイクで出かけるには何とも!?!?なGWでしたね。
ほとんどWRで決まりかなと思ってたぽちですが、先日見に行った2003年最終 XR BAJA黒があまりにきれいでじょうたいもよく、おまけにほぼフルオプション完備だったこともあり(もちろん新車のWRに比べてふところにも優しく)、その場で手付けをうってしまいました(^^)/。本契約はこれからですが、遅くても5月中には納車されると思いますので、その後のツーの際などはぜひぜひ…テツさんともによろしくお願いいたします(*^^*)。バイクよりも身体の慣らしが必要そうです~。
Re: こんにちは♪ぽちです。
ぽちさんこんにちは。

GW終わりましたね、今年はロングツーリングもせず、大人しくしておりました。
仰る通り、天気もイマイチでしたね。

バイク決定おめでとうございます\(^o^)/
いよいよリターン決定ですね。
最初は昔の感を取り戻すリハビリかもしれませんね。

ツー行く時に御都合が合えばご一緒に行きましょう、景色の良い所へ!ブログネタ探しに(^_-)-☆
No title
朝からお邪魔しますよ。

ブログの中の地図なんだけど見えない(地図③)とかが表示されてない。

それはそうと、ツーへ行きたいね。
そうそう、「ポチさんリ」祝ターンライダーですね。
私も林道やダート10年以上のブランクがありました。

「中性脂肪600」の甘いお誘いでリターンしました(*^^)v

日程が合いました私もご一緒させてください。<m(__)m>

Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

中性脂肪600のクマ

Author:中性脂肪600のクマ
中性脂肪600のページⅡの管理人クマです。

2016年3月より30thセロー250にWR250Rから乗り換えました。
林道ツーリングやキャンプツーリングの記録を更新したいと思っています。

2017年8月にDUCATI Scrambler Urban Enduro増車

ブログ名は、検査したら中性脂肪が600mg/dLだったので。
最近検査したら150mg/dLに落ちていました(^^)/

     
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
リンク
 
  
RSSリンクの表示