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13年5月 東北ツーリング その8(最終)

ページⅠよりサルベージしました、写真拡大版(若干)です。

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て、いよいよ福島入りです。

その前に昨日の夕食の話を少し。

ホテルルートイン仙台多賀城に19:30到着し、すぐに大浴場に入りに行った。

どっぷり首まで浸かり芯まで冷えた体を温め、乗車姿勢のまま固まった各筋肉がようやく解けた。

備え付きの部屋着に着替え館内のレストランへ。

今日もホタルイカ食しちゃうかな(^^♪るん

とか思いメニューを見ようとしたら、ウエイトレスのお姉ちゃんが

『本日はバイキングしか御用意できません』との事。

えぇぇ、マジか!見るとバイキング用に用意されてたおかずは・・・

思い出すことが出来ないくらい魅力ない料理の数々(それも数少ない)だった。

また着替えて外に出て行くのも面倒なので諦めて渋々食した。

後で調べたらホテルから200ⅿも歩けば『牛タン利休 多賀城店』があったのだ!
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仙台来たら牛タンでしょ!・・・・トホホ完全な敗北だ。

これが食べたかった。

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しかし2013夏に北海道ツーリング時に仙台→苫小牧のフェリー乗船前に食べたのでした(^^♪
美味しかった。


さて、
5/2最終日

走行軌跡 530km 多賀城→相馬→南相馬→福島→福島西IC15:00(東北自動車道)→首都高→自宅20:30

テルを出発し海岸線を目指した、途中GSは何件かあったが、あと30㎞は走れるだろうと思い、そのまま進んだ。

海岸よりやや内陸側を走る道を進む、ここら辺は、山が無く平地なので道の両脇は、

数百メートルも(それ以上か)被災していて何キロも続いていた。

やがて津波被害でTVで良く放映された仙台空港を通過した。

それまで住宅や商店など被災して皆無だった。そう、GSも被災していて廃業していた。

ヤバイそろそろ燃料警告灯が付きそう!

被災地内の道を止め内陸側を目指した、GS・GS・GS。。。こういう時は中々無いものである。

岩沼市という大きな街にでて、ようやく給油する事ができた。

この冷や冷やした経験があったので後にタンクを『I M S ビッグタンク』に変更した。

北海道では300㎞無給油で走る事が出来、ビッグタンク恩恵を堪能できました。

北海道はでかい、林道を走るようルートをとると、通過する町も小さく町と町の距離が長かったりし、

GSも少なく、一つ逃すと致命傷になったりしたのではと思います。

ノーマルタンクでは絶えず給油を意識して走らなければならず疲れます、

その点、ビックタンクは精神的に余裕が生まれ楽でした。



がて、雰囲気が変わってきた。

観光客らしき人達や他県ナンバーの車も多かった今までの有名被災地とは、

明らかに違う地域に差し掛かった。

福島県に入ったのだ。

ここは観光地では無かった。

警察車両もやたらに多く(他県の警察車両が多い)、なぜか道を走る車両を監視している車両もあった。

TVによく映っていた、検問をする警察官、あの方達は一日中か判らないが、道路に立って、

微量?の放射能を被爆しながらお仕事なさっているのだから大変ですね。

それと、今回の2/8の46年ぶりの大雪の雪かきを経験し、東日本大震災のがれき処理をされた、

自衛隊や警察の方々の苦労がよく判りました。



さて、地元民の軽自動車の後に付いて、通行止め規制されている海岸に近い地域に入ってみた。

そこは行きかう車両もなく、人気の無い寒々とした地であった。

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馬からの海岸線は放射能の問題なのでしょう、手つかずの荒れ果てたままだった。

放置してある車両には赤いスプレーで遺体確認済みであろうマーキングがされていた。

今までの被災地と明らかに違う国の対応に、怒りというか、無力感というか、どうにも出来ない、

放射能の怖さを感じた。

被災からもうすぐ3年、視聴率が取れなくなったのだろう、TVの放映もめっきり無くなった。

デフレ脱却には原発が必要と政府は声高に訴える。

代替え案が無い限り、原発再稼働は必要なのかもしれない。

そして、なし崩しに福島は使用済み核燃料などの核の廃棄置き場になるのかもしれない。

戊辰戦争の時のようにまた福島の方々が貧乏くじを引かされるのでしょうか・・・。



相馬以南は通行止め箇所が多発し、時間も押して来たのでここまでとして

相馬に戻り、道の駅そうまでお土産を補充して、福島市内に向かい山の中115号線を走る。

この新緑で彩った山々も放射能で汚染されているのかと思うと残念で仕方ない。

かなり山深い地に工事トラックの搬入口があった、そこは軽自動車ほどの大きさの

無数の青ビニール袋に入れた放射能汚染残土置き場だった。



今回の旅で被災地の距離の長さを身を持って体験できたのは良かった。

この距離を元通りにするにはまだまだ時間が掛かるだろう。

復興前の惨状も見れたし、ソロキャンプもでき、充実した旅だった。

福島西IC15:00に乗り20:30無事帰ってこれました。

走行距離
1日目 460km
2日目 410km
3日目 320km
4日目 370km
5日目 530km
合計  2090km


今回の4泊5日費用
高速:  \11,450
ガソリン: \9,782  60.48L(途中給油分のみ)
宿泊:  \14,400
食費:   \5,265
食料:   \3,804
雑貨:   \4,812
土産   \16,515

合計:  ¥66,028


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Comment
No title
毎度。
お邪魔しています。

何回見ても辛いねぇ~。
3.11・・・・あれから3年だよねぇ。
復興は進んでいるのでしょうか?

食物連鎖の頂点にいるはずの人間でも、大自然の前には無力ですね。
ただ、現状から前に進むしかないのでしょう。

東北ツーリングお疲れ様でした。
No title
へぃ らっしゃい!
被災地は未だに仮設住宅でしょ!まだ数%しか移転できてないらしいよ、3年経っても。。。
ロシアはチェルノブイリ事故後は半年で新たな住宅(マンション)を作り、被災者を移転させたんだってさ。
土地の広さが違うから比較にはならないが、
どうなんだろうね日本って?政府がダメなの?官僚がいけないの?
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プロフィール

中性脂肪600のクマ

Author:中性脂肪600のクマ
中性脂肪600のページⅡの管理人クマです。

2016年3月より30thセロー250にWR250Rから乗り換えました。
林道ツーリングやキャンプツーリングの記録を更新したいと思っています。

2017年8月にDUCATI Scrambler Urban Enduro増車

ブログ名は、検査したら中性脂肪が600mg/dLだったので。
最近検査したら150mg/dLに落ちていました(^^)/

     
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