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天久保廃校ツー(後半)

島(すずりしま)小学校・中学校室畑(むろはた)分校を発見出来ず、起死回生を求め次の目的地、五箇(ごか)小学校・中学校跡を調査します。

一行は県道37号に向かいます。

井川雨畑線に戻り、しばらくすると、来る時には気が付かなかった大きな滝が見えてきました。

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「見神の滝」 この滝の凄い所は、滝壺まで容易に行けるところですね!

容易に行けるって、駐車場兼広場が滝壺まで繋がってます。気軽に滝と愛車のワンショットが撮れますよ(^^♪

人気が無いのか、知られていないのか、誰一人見に来ている人は居ませんでした。

この奥まで来ても他に観光は無いし、滝しか見る場所ないですからね、滅多に人は来ないでしょう。

嬉しいサプライズでした。





雨畑地区です。

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雨畑硯(あまはたすずり)
雨畑川の渓谷で永い眠りから覚めた雨畑真石(雨畑石)の原石は、程よい黒の輝きを放つ、自然が造形した逸品です。
雨畑硯は、職人の確かな技で七百余年延々と彫り継がれ、多くの墨客に愛用されているそうです。

雨畑硯(あまはたすずり)



雨畑硯の起源は2つあり、
1297年に日蓮の弟子が雨畑川で蒼黒色の石を発見し、この石で良質の硯が作れると伝えたのが始まり説
1784年に将軍徳川家治公へ献上したという説

ともかく古くから硯製造が盛んに行われていました、明治期に早川町雨畑地区(位置)にて「雨畑硯製造販売組合」が
結成され、90余名の組合員がいて活況であったが、現在雨畑地区で製造されている工房は「硯匠庵」1件のみとなっており、
職人も1人のみと後継者不足に悩まされている。



現在では、筆と墨を使って手紙とか普段書きませんからねぇ。





面白い看板ですね、ツケはせずに、ちゃんと支払えよ、税金取り易くするためにね!by税務署

「酒は現金」って威圧的ですよね、あんたら税金で給料取ってるんだから。

「酒はニコニコ現金払いでお願いします」だろう。

昔の職人は酒代は有る時払いだったのでしょうね。

カンバン








て、県道37号に出て、少し戻り、早川町役場を曲がり、薬袋(みない)地区から塩之上地区に通じる山道沿いの林道を進みます。

つづら折れを繰り返し高度を上げていきます。なぜこの様な山の中に小・中学校、役場まであったのか!?

五箇廃校あと_R



Webで調べてみると色々判って来ました。

現在は早川沿いに県道37号南アルプス公園線が奈良田まで行けますが、以前は切石から奈良田まで早川入往還が

近世までの一帯最大の幹線であり、、早川沿いでは無く、峠を越えていました。

駿洲往還の切石河岸(かし)から早川入往還は始まります。

切石河岸は富士川舟運の中継河港として栄え、昭和に入るまで、早川入りへの物資はここから荷揚げされ馬で運ばれていました。

昔は舟運搬が主な運送手段で、陸路より発達していたんですね。

草塩や保は、早川入往還と身延雨畑方面の街道が分岐する重要な位置にある集落で、

保は昭和31年まで都川村の村役場が置かれた大きな集落だったそうです。

五箇(ごか)は早川入往還の峠にあり役場があるほど賑わっていました。

なのであの山の中に役場や学校があったんですね、大きな集落もあったのでしょう。

早川入往還MAP2




今では河川沿いに道路があるのは普通の事で、当たり前のように通行していますが、これって凄い事だったんですね。

架橋技術の進歩や崖沿いの道路作りなど、技術の進歩に感謝です。

上の地図にある保から草塩に行くのに、昔は舟で2回も川を渡らなければならなかったそうです。




道37号の早川町役場から塩之上地区へ舗装林道がつづら折れを繰り返しながら高度を上げて行く。


やがて、林道脇の林の中に階段が見えた、ここが廃校跡だろう。

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ここは、五箇(ごか)小学校・中学校跡で間違いありません!無事発見出来ました。

この林の中に佇む気味の悪い二宮金次郎の像が見たかったんですよ(^^)

五箇小学校は、明治23年に創設、明治31年には千須和(せんずわ)分校を統合、昭和43年には閉校。
五箇中学校は、昭和22年に創設、



広場の端に階段がある、階段だけが残っている、階段上部は狭いし、階段も急で幅も狭い、これは通常使う階段では無い。
祠があったのか?

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登ってみた、上から見る校庭。

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階段上の台座  ここには何かの碑が建っていたのかな?金次郎さんか?

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ここの金次郎像

五箇 二宮像



Webで集めてみました

二宮金次郎像



あれれ?誰?

ようは、薪を背負って本読んでいればOKだったんですね!知らなかったわ(^^;

それにしても、下の段、右から2番目、体のバランス悪過ぎだろう!

これって各地場の石材店で製作納入していたのか?地産池消か、今流行の。。。



トイレ跡です、廃屋行っても風呂場やトイレってチョット雰囲気よくありません、水回りって何かあるのか・・・。

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古いコーラ瓶、今でも売っているみたいですが、これは年代物でしょう。年代ものであって欲しい(^^;

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最初判りませんでした。

五箇村歴代村長、初代、2.8代、3.18、7.19 って何で小数点が???どういうこっちゃ

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テツが気が付いて教えてくれました、なるほどね。  答えは書きません(^^;




さて、そろそろ昼食にしないと、もう1時半になってしまいました、早川の河原に降りて食べたいと思います。


地図では道なりに進めば麓に降りれる、しばらくすると。。。


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Uターンして、親切な村人おじさんの教えてもらった通りに行ったら舗装林道を延々と走り、1時間後に河原に到着しました。

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この後、林道を走って帰ろうと思いましたが、おじさん達のパワーが無くなって来ているので帰る事にしました。

休みの日のこの時間になるとどうしても酒パワー注入したくなるんですよ(^^;

本日の走行距離380km



【関連記事】 天久保廃校ツー(前半)



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天久保廃校ツー(前半)

今回は山梨県早川町にある廃校を探ってみようと出発しました。

今回はソロでは無く小学生からの付き合い、同級生のテツ(いつもコメントで応援の爪痕残してくれる)と2台でツーです。

テツの愛車は逆車XR400Rです、年式は90年?94年?、判らないくらいクラッシクです(^^;

新車買える位、修理費掛かってます!愛着があるんですね~。

まずは何時もの志田峠を越えて道志みちを目指します。

前回「廃村を訪ねてVol.3」で志田峠を走ったのは2週間前の4/12でした。
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今回4/26
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新緑が増えましたね、山の桜も葉桜になりました、1年でもっとも気持ちの良い季節ではないでしょうか。



『志田峠』ですが、ダイジェスト版動画にあるよう、溝などありやや荒れですが、いつもとさほど変わりません。

『道志みち』、さすがにもう飽きましたね(^^; 毎週のように走ってますから。。。

この道を外して、国道246号や国道20号などあるのですが、道志みちは信号が無いのが魅力なんですよね。

道志みちの山伏峠手前の温度計は16℃と表示されていた、3/22は5℃、3/27は10℃と暖かく成っています。

山々の林道の雪が全て融けて無くなるにはあと1ヶ月位でしょうかね?

道志みちの途中にある道の駅は多くのバイクが居ました。

バイク乗りの方の多くが道志みち道の駅に立ち寄りますね、私はまだ一度も寄った事がありませんが(^^ゞ




本栖湖
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そういえば、この少し手前でガソリン補給と昼食をコンビニで買い出しした時にブレーキランプが点いていないようだと

テツに指摘され、配線を点検、どうも接触不良のようだ、適当にいじっていたら点灯したのでOKとしました。

その時に写真を撮られていたのですが、写真を見て老いた姿にショックでした。。。

何を今更ですが、いつも撮影する方で撮られる事はほとんどないのでねぇ、分っちゃいるのですがね(^^;
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国道300号を下り、下部温泉を通過し県道37号で南アルプスの麓を流れる早川沿いまで来て小休止です。

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時間は11時過ぎ、7時半に出発したので3時間半ほど掛かりました。


県道810号、雨畑方面を進みます。

井川雨畑林道(いかわあまはたりんどう)は、山梨県南巨摩郡早川町雨畑から静岡県静岡市葵区小河内までを結ぶ林道で、
総延長約44kmであり、林道としては長大な部類に入る。山梨県側からは雨畑川を、静岡県側からは小河内川を遡るかたちで、頂上部の山伏峠で赤石山脈の白峰南嶺を越える。
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雨畑ダム(あまはたダム)は山梨県南巨摩郡早川町にある富士川水系早川支流雨畑川に建設された発電専用のダム
日本軽金属がアルミニウム製造の電力確保のために柿元ダムに続いて建設した民間企業所有ダム

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淡々と舗装林道が続きます、県道810号を約14km進むと本日の第一目的地です。

硯島(すずりしま)小学校・中学校室畑(むろはた)分校  です・・・・が!

見当たりません!

行った方のブログを拝見すると「集落の外れ・林道より下に赤い屋根が見える」とのキーワードがあります。

集落に入る下り道があるので入ってみます。

トコトコとゆっくり下ります、村人が居たら聞こうと思ったのですが、誰一人いません。

ここの集落へ来る途中、4~5台の乗用車とすれ違いました、皆さん喪服です、お葬式があり早川町まで行ったのでしょうか?

集落の下には廃屋があるだけでした。
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林道に戻り、もう少し上流側を調査します。

集落から数百m進んだ所、林道より下に赤い屋根が見える、広場も何となく狭い校庭のような感じ。

入ってみます。


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どうも違う気がするが。。。広場端には廃材が置いてあるが、校舎は解体されたのか・・・。


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どうでもいいじゃん!とブログをご覧になっている方々の声が聞こえるようだ(^^ゞ


ともかく、赤い屋根の廃屋に向かってみる、行かれた方のブログには建物は3棟、小学校・中学校・教員宿舎とある。


校舎は取り壊され、教員宿舎のみが残っているのか。。。


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中はかなり荒れている、野生動物の仕業か?廃校が決定し、羽目を外した宿直教員の仕業か。。。(んな訳ないな)


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辞書なども散乱している、やはり羽目を外したか?




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田中美佐子だ、若い!





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夜の娯楽は星空だけのこの僻地、宿直教員の方々はアイドル達を舐め回す様にご覧になり、明日への励みにした事だろう。

鈴木保奈美(23)とある、彼女はとんねるず貴さんの奥さんだよな。もう人のものですよって、どうでも良いか(^^;

Wikipediaで調べると1966年8月14日生まれとある、という事は、この雑誌の発売時期は1989年だろう。

もう25年前の事なのか!この週刊誌の持ちは凄いな!

アウトドアファッション特集か、カジュアルはひと工夫して個性をキラキラさせてみて・・・か。

このファッションでバーベキューしたりすれば良いのだろうか。。。本当に良いのか?そんな奴いたのか?




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仏壇だ(右端)!う~~ん、どうも違うなこれは。。。


ここの廃校調査は次回の課題とする事にし、次の調査場所に進みます。


次の目的地 五箇(ごか)小学校・中学校

五箇小・中学校は、明治23年に創立、昭和43年には閉校と歴史ある学校のようです。

ここ雨畑地区に入る前の県道37号まで戻ります。


帰る途中、支流沿いにダート林道があったので入ってみました、林道は数百ⅿで行き止まりになり、飯場があるだけでした。

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県道37号に向かいます。

井川雨畑線に戻り、しばらくすると来る時には気が付かなかった大きな滝が見えてきました。



後半に続きます。


【関連記事】天久保廃校ツー(後半)



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天久保廃校ツーリング ダイジェスト版

4/26(土)廃校探索ツーリングに行ってきました。

場所は山梨県早川町です。本編は後ほどブログアップします。






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津久井湖

カメラを新調したもんで早速4/19(土)津久井城跡へ行ってきました。

女房と愛犬と津久井湖城山の城跡を目指しハイキングです、片道30分ですが。。。。

しかし、帰りの下りでは左膝の古傷が痛み出し、翌日は足引きずって歩いてます困ったもんだ(^^;


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今回訪れた津久井湖は、中学の時にサイクリングで立ち寄った時以来、40年ぶりに訪れた気がします、何もないという印象があったのですが、良く整備された公園やハイキングコースなどあり、家族でのんびりするには良い場所でした。
水のある風景って良いですね。



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廃村を訪ねてVol.3 その4最終

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沢城跡に向かう、善応寺から害獣対策用柵に沿って200m程下った所にそれはある。



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これかい?ショボイなぁ~


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看板があるがかすれて読むことが出来ない。

この看板を見ただけで、如何に人が訪れない人気のない史跡か判る、とても歴史ある史跡なのに。。。

などと偉そうな事言っているが、初めて知って訪れた場所です(^^;

注目されるには大河ドラマに取り上げられないとダメですね。



いや、大河ドラマあったみたいです。

1990年に放送された大河ドラマ「太平記」だったそうです。

鎌倉幕府を倒し、室町幕府を開いた主役の足利尊氏役に真田広之、弟の足利直義(あしかがただよし)役を高嶋政伸が演じました。

その頃に整備された看板なのでしょうかね?かすれた看板は。



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須沢城の築城年代や廃城年代は不明だが、甲斐国志には御勅使十郎や塩谷三郎という武将が居したことが見え、鎌倉時代にはすでに城はあったようです。

城が有名になるのは南北朝時代で、観応年間(1350-52)のことで、関東管領である関東執事を務める高師冬(こうのもろふゆ)と上杉憲顕(うえすぎのりあき)と対立するようになる。

高師冬は鎌倉公方を擁立して上杉憲顕を攻めましたが、逆に公方を奪われてしまい戦況が不利となってしまいました。観応元年(1350)、追われた高師冬の向かった場所が孫六入道の城であったこの須沢城に籠城したが、憲顕の子憲将や同じく憲顕の子で重能の養子でもある能憲、諏訪大社下社大祝の金刺隆種ら6千余の兵に囲まれ、翌年の正月、城の大手での激戦を横目に背後の山に廻り込まれて城内に乱入された為、覚悟を決めた師冬は自刃を遂げ、城も落城した。



ここら一帯は城だったんです、それもこのショボイ城跡だけが城だった訳ではなく、善応寺の裏山から御勅使川までが城跡だったようです。 そりゃそうだよね、そんなに小さい訳がない(^^;

須沢城2詳細1_R

害獣用柵で囲まれた畑の地点では兵士1000人が駐屯できただろうとどこかのブログに書かれていました。


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対面からの眺め(webより拝借)


山の斜面を利用した城で、規模的には大きい部類に入るとブログに書かれている方もいます。

素人の私には、城造りでどのように地の利が良いのかさっぱり判りませんが、ともかくここで大きな戦いがあり、

高師冬(こうのもろふゆ)氏が自害し落城したという歴史があった。

今は訪れる人もなくお亡くなりになられた方々は静かに眠られている。



看板の最期は、この地が歴史の宝庫である事が書かれています。


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さて、この地を後にし次に向かいます。

林道を下って行き、国道52号線で身延方面に向かい、身延駅から県道10号で身延線に沿ってのんびり走る。

内船駅より佐野峠を経て天子湖の佐野集落へ向かいます。

内船駅より思親山を目指し佐野峠に向かい細い舗装林道を登ります。


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登り坂の途中に大木と道祖神がありました。

道祖神は割れ、大木も葉をつけておらず枯れているのかもしれません。

かなり古そうです、日蓮宗本山の身延山へ参拝する古来からある峠道だったのかもしれません。


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佐野峠に到着

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ここから佐野地区へ林道を使って向かいます・・・が、


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これですよ!

佐野地区から上がってきたランクルの方も立ち往生です。


しばらくすると同じく佐野地区からオフ車乗りライダーが2名登場、ゲートを挟んでライダー同士3人で協議します。

横は通れないか?・・・無理!

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鍵は開かないか?・・・開かない!

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ゲートは持ち上げて外れないか?・・・無理!

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バイク倒して下を通過出来ないか?・・・惜しい!あと5cmゲートが高ければ抜けられたのに!

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開いてくれぇ~!ガチャガチャガチャ・・・ダメだぁ~!こぼれたガソリン返せ~!

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諦める事にしました。

一旦戻り、途中から遠回りして天子湖に向かいます、1時間程無駄にしたでしょうか。


上佐野・下佐野地区です。

この後に通る石神峠にある看板には、室町時代に山を越えた芝川町の大和田集落と交流・物流を図る為に

人馬の通れる石神峠を作ったとあります。

室町時代またはそれ以前からの里になりますね。

現在、この里はまだ限界集落ではありません、若い村民の方もいらっしゃいます。

歴史ある里ですから存続してもらいたいです。

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次に林道石神峠線を通ります。

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林道は天子湖の横を通り峠を越えて行きます。

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ここが峠です

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この林道は災害時の避難路となっていますので、常時通行止めは無いでしょう、ただ舗装路にはなるかもしれませんね。




石神峠を超え今度は国道469号桜峠を超え御殿場に向かいます。
桜峠からの富士山

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御殿場で山崎精肉店の馬刺しをお土産に買いました。
100g640円を200g、帰ってからこれで日本酒を!最高(^^)/

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ここの馬刺しは安くて美味い、スーパーの半額で味は数段上と評判みたいです。
確かに美味かったです、ニンニク・生姜醤油で頂き、日本酒グビグビと・・・最高!

馬刺し
webより拝借







【関連記事】
廃村を訪ねて Vol.3 その1
廃村を訪ねて Vol.3 その2
廃村を訪ねて Vol.3 その3




【廃村ツーリング】
またかい?廃村2(その1)
またかい?廃村2 その2
またかい?廃村2 その3


廃村を訪ねて(1)
廃廃村を訪ねて(2)
廃村を訪ねて(3最終)


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廃村を訪ねてVol.3 その3

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は春爛漫だ!



果樹園も満開、桜も満開、どこもかしこも一斉に花盛りだ!



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気温も上がり、薄いシャツか半袖で散歩したい位い気持ちが良い。

バイクウエアで歩き回ると汗が噴き出てしまう、そんな気温です。


どこからか和太鼓とお囃子それに若いおなご達の歌声が聞こえる。

この陽気に実に似合ってるなぁ~、春爛漫、咲き乱れる花、田植え歌のような歌声、映画の1シーンのようだ。

お囃子と歌声は、桜が満開のお寺から聞こえて来ている、当然行ってみる。


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寺院は伝嗣院とい名で、和太鼓の演奏会だったようです、老人ホームのマイクロバスなどもあり、ボランティア演奏会のようでした。

実にタイミングよく来たもんだ(^^♪

しかし聞けたのは最後の2曲だけでした、残念。もっと聞きたかったなぁ。



さぁ、春も満喫したし廃寺廃寺ぁ~っと。


気持ちの良い道を進んでいきます。

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気持ちえぇなぁ~!と思いながら走っていくと、段々と近づいて来ましたよぉ~。



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寂しい感じのが。。。。


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数件の空き家を見ながら進んでいくと、手書きのバス停のような看板が現れる!

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これが魔界行きのバス乗り場か。。。 この先の小道に入っていく。



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車1~2台分停められる場所があったが、もっと近くまで行けるでしょと突っ込んでいった。

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すると拒否された!

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看板見て一瞬行くか行かぬか迷って、一旦停止したら窪地で足が届かなかった。。。立ちこけた!

どうって事無い立ちこけなのに。。。

倒した反対側のウインカーが外れる、バーエンドキャップが消える、スマホ充電ソケットが外れる。。。

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被害が異様にでかい!

ほ~らね、怒られちゃったよ!誰かさんに!!

素直に先程の駐車スペースまで戻り、徒歩で行く事にする。

徒歩と言っても100mです、最初から歩けよって事ですよね。


てくてくと小道を歩いていくと
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ふる~~~いお墓が出迎えてくれました。

良かったぁ、こんな大事なところにまでバイクで入ってこようとしたなんて。。。

バチが当たって当然でした!

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見えてきましたよ~。

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立派な建物ですねぇ。臨済宗善応寺観音堂です。

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山梨県南アルプス市(旧中巨摩郡白根町)大嵐地区にある善応寺(ぜんのうじ)は、甲府盆地の西に位置する甘利山南側山腹に所在する寺院です。現在は観音堂と鐘つき堂があります。
また大正2年には観音堂背後の山林を開墾中に、平安時代の経塚(きょうづか)が発見されました。経塚とは仏教の経典を書き写したものを専用の筒(経筒)にいれて石で囲った空間に納め、小規模な塚にしたものです。
このようなことから、平安時代より寺院が建てられ、今日に続いているものと思います。

善応寺遺跡は、この調査の一環として平成18年12月1日~18日まで発掘調査をおこないました。
調査地は観音堂背後の山林にある水場と、その一段高い段丘上にある平坦面の2カ所
調査の結果、(略)今回検出された水場周辺の祭祀に関連すると考えられる遺構と、大正2年に発見された平安時代の経塚とほぼ同時期のものと考えられ、善応寺が平安時代から信仰されていたことを裏付ける資料といえます。


山梨県サイト 埋蔵文化財センター


裏山もちょこっと歩いてみた。

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野面積みというのか?石垣が区画整理されて積まれている、かなり沢山ある。何のために裏山が整備されたのか。。。

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お墓も当然あった、とても古い形もはっきりしないくらい風化したものから比較的新しいものまで。
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お寺に戻る、大きな鐘がある、危険の為、登らないようにとある。

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子供の命名を張っています、最近では平成21年がありますね。どういう事なんでしょね?



こんなものがありました
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鎌倉期からある寺院、栄枯盛衰、今は訪れる人もなく、山中にひっそりと佇んでいます。


誰一人いなく鳥のさえずりしか聞こえないとても静かな空間でした。



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直ぐ近くに城跡があるそうです、善応寺と関係がある城跡だそうです、行ってみます。



次回に続きます。

次回最終は、この城跡調査と林道走ったり限界集落行ったります。



【関連記事】
廃村を訪ねて Vol.3 その1
廃村を訪ねて Vol.3 その2




【廃村ツーリング】
またかい?廃村2(その1)
またかい?廃村2 その2
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廃村を訪ねて(1)
廃廃村を訪ねて(2)
廃村を訪ねて(3最終)


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廃村を訪ねてVol.3 その2

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ほのぼのとした平林村を通り過ぎ1車線の県道413号を赤石温泉を目指し進む。

途中、道祖神を祀ってあった。

この先の赤石温泉は武田信玄公が金の試掘の際に湧出した鉱泉と伝えられていますから、

昔から人々の行き来はあったでしょう。道祖神は比較的新しそうですが。。。

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道祖神の所から富士山が見える。

山間で突然富士山が見えると思わず見とれてしまいますねぇ、神々しいです。

当時も今も同じように富士山は見えて、富士信仰もあり当時は富士山に向かって拝んだのではないでしょうか。


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道祖神に一礼し赤石温泉を目指します、そろそろ着く筈です。



直ぐに一軒宿の赤石温泉が見えてきました。【地図ポイント1】

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ここは武田信玄の時代に金を探してこの辺の山を試掘したときに沸いた鉱泉だそうです。
赤石温泉の宿ができたのは、明治の初期、約130年くらい前と言われています、今のご主人で3代目だそうで、
御主人の手作りが多く、露天風呂や滝までの遊歩道など何でも作ってしまうみたいです。
日本秘湯を守る会にも入っている本当の秘湯です。 Webより
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名前の由来のように石が赤く変色していますね。今度泊まってみるかな、お客さんの9割は県外だそうです。


さあ!林道は!

通行止めです、やっぱりね・・・。
横を抜けられそうですが、どうせ行っても直ぐに残雪で通行止でしょう。
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左側の道らしき方に進んでみると残雪がしっかりありました。
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もうどこ行ってもダメですね!

赤石温泉を見ながらコンビニで買った朝食にします。さてさてこれからどうするか。。。モグモグ

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ともかく戻りましょう。

実は途中に廃村臭い集落があった・・・廃村臭、いわゆる廃臭がした。。。いい香りだ(^^)/




ハイッ!ここです。【地図ポイント2】

赤石温泉へ行く途中に道路の下に集落がありまして、集落を通り越した外れに細い下り坂がありました。

そこを降りると集落入口でした。

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臭う! しかし違う!


廃村のようで廃村でない、限界集落です


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ここは空き家が増えていますが、しっかりと踏ん張って田畑を耕し、お墓を守り、廃村・廃集落になるのを防ぐ村民がいます。(赤石温泉へ行く途中に撮影しました)



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この方がお元気なうちは大丈夫です!

WRのエンジンを掛けたまま写真を撮っていると、ムクッっと起き上がり誰じゃい!っと睨まれました(^^;

まだまだお元気です、この体勢で畑仕事が出来ればまだまだこの集落は安心ですね。

お元気で頑張ってください。

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さて、この後は。。。

実は予備の目的地決めてありますよぉ~!南アルプス市(旧白根町大嵐)に廃寺があるって(^^ゞ




大久保平林道・伊奈ヶ湖林道(どちらも完全舗装)を使い向かいます。

伊奈ヶ湖に立ち寄ってみます。【地図ポイント3】

滅多にこちらの林道は使いません、舗装林道が多いのとダート林道は通行規制が多いので。

数少なくこちらに来たとしても、伊奈ヶ湖はスルーしてしますから懐かしいです。

昔から白鳥が居ます、昔と言っても私が以前行ってからは30年経ってますが!ここでキャンプしました。

何代目の白鳥さんか?

普段から沢山の人が来る事はないと思いますよ、この小さな湖は。

30年前と変わらず、湖面を眺めるとどこからか直ぐにダッシュでやって来ます。

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パンを千切ってあげると食べる事の早い事、早い事、鯉には食べさせません!ジャムパン(コッペパン)を

2/3ほどあげましたが、一つも鯉は食べれませんでした。

Webで調べたら、白鳥の寿命って野生で15~20年、飼育で20~30年だそうですよ、

これは30年前に見た子供か?長寿ですね!頭が良い訳だ。

しかるに鯉はと言うと30年から70~80年も生きるのが有るらしい!30年前に見た鯉達かもしれない。

そう思うと、パンを食べさせてあげたい!今度は食パン一斤買って行ってあげよう。



高尾伊奈ヶ湖林道(全線舗装)は通行止ではないので進んでみる。

雪もなく順調に林道終点まで着きました。

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南高尾山林道は通行止めです。


麓へ降りようとそのまま直進すると『穂見神社はこちら』と手書きの看板があった。

何となく行ってみた。

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何か歴史がありそうな感じ。

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高尾穂見神社は、南アルプス市高尾にある神社です。
 高尾の集落は、櫛形山北東山腹の標高800mに位置します。穂見神社の創建年代は明らかではありませんが、平安時代にまとめられた書物「延喜式」に穂見神社として名前が載っています。

神社本殿は、棟札により寛文5(1665)年に建立されたことがわかったため、棟札とともに県の文化財に指定されています。
 このほか、御正体と呼ばれるご神体は、銅で作られた鏡で、丸い鏡の面に、神像や仏像のほか、天福元年(1233)の銘があり、同じく県の文化財に指定されています。

南アルプス市ふるさとメールより


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『奉納 馬』と書かれている厩舎があった、鉄馬に乗っている身だから御賽銭をあげた、

『事故なく楽しく乗れますよう・・・』柏手ポンポンっと、OK~!

中を覗くと木馬がこちらを見ていた。

『もう歳なんだから自重して乗れ~!』と仰ってるような気が・・・。


でもよく見ると、なんか間抜けな顔をしている、志村けんのコントに出てきそうな馬だ、

思わずプッと吹き出しそうになった。

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自宅に帰ってWebで調べたら、な!な!なんと!左甚五郎作「高尾の馬」だそうで。。。

左甚五郎と言えば、江戸時代初期に活躍したとされる伝説的な彫刻職人です


日光東照宮の三猿や眠り猫が有名です


三猿


ビックリです(^^;  こりゃまた拝みに行かなきゃ!

何となく立ち寄った神社だったが、とても歴史のある有名な神社でした、誰一人居ない歴史ある神社にお参りできて得した気分。

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WR250Rに跨り高尾穂見神社を後にした。



麓まで降りる途中にも空き家が数軒ありました、ほんと空き家率高いです。

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麓近くに見晴らしの良い広場が有ったので小休止、気温も暖かくなって来たのでアンダーシャツとか脱いで調整です。

さぁ、廃寺に向け出発。


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次回に続きます。




【関連記事】
廃村を訪ねて Vol.3 その1





【廃村ツーリング】
またかい?廃村2(その1)
またかい?廃村2 その2
またかい?廃村2 その3

廃村を訪ねて(1)
廃廃村を訪ねて(2)
廃村を訪ねて(3最終)


『ポチッ』とされると山岳集落の過疎化の歯止めに・・・にはなりませんが、廃村オヤジが駆け廻ります(^^ゞ
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廃村を訪ねてVol.3 その1


シリーズ化しちゃおうかな!この企画 (^^ゞ



あの日から2週間、都心の桜はもう散り始めていて、間もなく終わりますね。

桜の季節はあっと言うまに終わってしまいますね。

花の命は短くて儚いです・・・。

それに引き換え、雪はしぶといですねぇ~!

近隣の名立たる林道は全て通行規制です、今年は例年と違い、突っ込んでも本当に残雪で走れません!

例年だと、雪もないのに通年通りの期間で規制されていて、いつも悔しい思いをしていたんですけどね。。。

林道規制情報(南アルプス市)_R

林道規制情報(南アルプス市)2_R

林道規制情報(南アルプス市)一覧
林道規制情報(南アルプス市)一覧 2

ほぼ全て雪で通行規制です。

山梨県 県営林道通行規制情報←情報を知りたい方はこちらをクリックして下さい。

上の情報画像はJPEGですリンクしていません、クリックしちゃった? (^^ゞ



さて、前回は山梨県富士川町の上七尾地区へ行こうとしたのですが、残雪で断念しました。

なので、また行きたいと思います。 ・・・懲りないねぇ(^^ゞ



Google Mapだと地図を拡大・縮小出来るので、山梨県のどこらへんかは縮小して見てください。
使いやすい代わりに、林道は地図に明記されていません・・・痛し痒し(^^ゞ





林道地図はこんな感じ
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今回は反対がから攻めたいと思います、反対側には赤石温泉が有るので、ここまでは早いうちから除雪は終わっていた筈。

まずは本日の走行ルートです。

出発は早朝6:05に家を出発、帰宅は夜7:20  走行距離385kmでした。

朝食兼昼食は早朝コンビニで買ったパン&おにぎりを山中で食し、あとは休憩無し!ハードでした。

往路は中央高速で相模湖→甲府南、復路は御殿場または大井松田から東名高速乗るつもりだったが、渋滞15kmなので

渋滞してるのに高速代払うの悔しいので246号を使い帰りました。

0412ルートマップ


早朝の気温、相模湖近くの電光掲示板は5℃と表示されていた、う~ん!寒い!1ヶ月前の寒さに近い。

今回も1ヵ月前と同じ冬用のウエア、家を出る時はちょっと厚着かな?(冬期用にアンダーを重ね着&インナーダウン)

暑ければ脱げば良いか、と思っていたが丁度良かった。

寒いのは我慢出来ないからねぇ~(^^ゞ   しかし昼間どっぷり汗かいて脱ぎました。


まずは道志方面へ行く時には何時もお世話になっている志田峠を目指します。

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丹沢山東部の仏果山方面の山並みは桜満開ですね、町の桜はもう終わりましたが、ちょこっと移動すればまだまだ楽しめますね。
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志田峠手前の桜は散ってゆく最中です
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さささぁ~と志田峠を通過して、いつも通る道志みちには行かず相模湖を目指します。

こっち方面は久しぶりだなぁ、相模湖を見るのって何年ぶりかな?
↓相模湖
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去年TVで『昭和の時代を今でも維持している、東京近郊のレトロな観光地』とか言って、レポーターギャルが

『きゃぁ~何これ?』とか『うわぁ懐かしいぃ~!』とか、ボート屋とか土産物屋をレポートしてました。

懐かしいって!?お前はまだきゃん玉袋にも存在してなかっただろ!・・・と一人突っ込む。

(ギャルって死語ですか?)


相模湖(さがみこ)は、神奈川県相模原市緑区にある湖。相模川を相模ダムによってせき止めて作られた人造湖
横浜市・川崎市・相模原市などへの上水道、京浜工業地帯への工業用水、及び水力発電、洪水調節、灌漑用水、レジャーに利用されている。一部東京都に飲料水が分水されることもある。
戦後にできたダム湖としては日本初(相模ダム完成は1947年)で、人造湖に○○湖と命名した最初の例である。
1964年に開催された東京オリンピックの際、カヌー競技会場となった。現在は神奈川県立相模湖漕艇場が設置され、関東におけるボート競技の一拠点として位置づけられている。コース距離は1,000m。社団法人日本ボート協会に認定B級コース。 Wikipediaより



観光地としては、オリンピック競技場になり、観光客がわんさか押し寄せ、華やかしい過去があったのです。

私が小学生低学年の頃が一番輝いていたみたいです。

モータリゼーションにより、より郊外に行き、それに伴い観光地が増え、相模湖は徐々に取り残されて行ったんですね。

客が少なくなり売上も下がり設備投資も出来ず益々客が来なくなり負の連鎖、じり貧ですね。

昭和の時代のままフリーズした相模湖。

それでも耐えに耐え、乾ききった布巾の一滴の滴を飲みながら、生き延びる観光業者の方々。

ボート屋のオヤジさん、おみやげ屋のおばちゃんもフリーズしたまま時が過ぎて行きました。(歳もフリーズすれば良いのにね)

しかし、今、昭和レトロとして再び脚光を浴びました。

継続は力なり!今は観光客増えたでしょうね!?

時代の変化にボート屋のオヤジさんやおみやげ屋のおばちゃんは鳩が豆鉄砲喰らったようにビックリしてるでしょうかね。

今度見に行ってみるかな。


それにしても、アオコが発生しているような水を・・・現代の濾過技術は凄いな!

『一部東京都に飲料水が分水され・・・』って町田市に供給してるな、これは。

うちの水道水は決して不味くはない! でも最近は『南アルプスの天然水』飲んでいますが何か?


さぁ、中央高速相模湖ICから乗ります。

『寒い!』この寒さ、去年の東北ツーリングの関越道走った時を思い出すなぁ~など感慨に浸っていると、

ブォ~とアメリカン女子が抜かしていった、ソロで長い髪をなびかせてカッコイイですね。

革ジャンにジーンズって、とっても寒そう!今は温かいアンダーシャツとかあるのか?

風になびく長い髪、ごわごわになるんだろうな~などと要らぬ妄想お節介する髪の抜け落ちた昭和のオヤジでした。


甲府南IC、つまらない高速道路から開放された。

国道140号と県道4号を通り、富士川大橋を渡ります。

おっ、あんな所に集落がある
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どんな集落なのかな?と思っていたが、目的地に行く途中の平林という集落だった。


目的地を目指す前に麓で桜を撮影。満開です。
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お婆さんが、もといご婦人がワンちゃんを撫でていてほのぼのした雰囲気です。


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アップで狙ったら殺気を感じたのか急に働き始めてしまった(^^ゞ










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WR250Rは櫛形山方面を目指し快適に登って行く




かなり上がって来た、上空を飛ぶ旅客機も近くに見える(ホントかよっ!)
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やがて先ほど見えた集落に到着したようだ。

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いい雰囲気です

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振り返ると富士山が神々しく輝いています

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そして、道祖神が農作業を見守ります

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次回に続きます。



【廃村ツーリング】

またかい?廃村2(その1)
またかい?廃村2 その2
またかい?廃村2 その3

廃村を訪ねて(1)
廃廃村を訪ねて(2)
廃村を訪ねて(3最終)


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またかい?廃村2 その3(最終)

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ここまでは、山梨県富士川町の上七尾・下七尾地区を回るが上七尾は残雪で断念、下七尾は猟犬に吠えられ退散。

富士川町の『富嶽百景、"日出づる里"』に行き、林道立石清水線に入ってみるが残雪で通行不可。


てさて、どうするかな、

麓へ下る途中に、千本農道という横道があるので入ってみた。

千本と言うだけあり葉脈の様に脇道が沢山ある、適当にというか山中に入って行く農道を走ってみる

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簡易舗装の農道は徐々に細くなり1kmで行き止まりになってしまったのでUターン。



ちなみにこの様な切り返しが出来ない狭い所でUターンってどうしてます?

何回も前に後ろの小刻みに切り返すの面倒ですよね、アクセルターンですって?地面コンクリですが(^^;

私は楽にできるサイドスタンドUターンです、サイドスタンドを支点にしてタイヤ浮かせて一気に向きを変えます。

興味ある方は試してください、サイドスタンド付け根が曲がらないと保証は無いですが、

オフ車なら軽量なので大丈夫ではと思います、私は今までは大丈夫でしたよ。




メインの農道に戻り小休止、山向うに先程まで居た『日出づる里』が見える。

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農道を下ってみると集落があった、地図を見ると仙洞田のようだ。

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延寿寺・妙楽寺と二つのお寺が並んでた
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立派な御屋敷ですね、細い道だが集落のメイン道路です、昔の道幅のままなのでしょうね。
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コンビニなど無く、休業中の雑貨店の看板のみが残る。懐かしい昭和の風景にほのぼのします。
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獣害対策の柵をしっかり整備しています
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道は集落を抜けダートと簡易舗装の道が伸びる
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集落が見えてきた
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工場らしき正門前に出た、リサイクル何とかと書かれている。作業者の方がフォークリフトで作業をしていた。
少人数で作業をしている感じ。
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正面に道祖神らしき碑が建ってます、ここが集落の入り口なのでしょうか。
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ここは無人集落では無かった・・・が、周りは廃村だった。

たぶん日中は作業者が居て、夜間は無人になるのだろう


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今にも崩壊しそうな土蔵
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公衆便所のようだ。なぜここに? なぜ小便器が外に?
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そこに放置自動車、ナンバーは外してあり廃車のようです。
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その向かい側に神社がある、『鈴鹿神社』鳥居はまだ新しい
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しっかりした石垣
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新しい建物と朽ち果てた建物が混在する。 住人の高齢化で順次空き家となって行くのだろうか。


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割れていた窓から覗いてみた、カビているが現状を維持している
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こちらは建物はしっかりしているが、空き家で荒れている
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建物横の雨戸は外れ中が見える
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お寺です、荒れています。 肝試しでもする輩でしょうか? 野生動物の仕業でしょうか?
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お墓もあります
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後継者がなく廃寺になったのでしょうか?新しい墓石も古い墓石もあります、古くからこの集落はあったみたいです
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奥に行くと何件も朽ち果て自然に帰ろうとしている建物があります

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竹林が家を飲み込もうとしている、自然の力は凄いですね。
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ここは10軒以上ある集落のようです

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懐かしいタイル張りのお風呂。
広いお風呂場ですね。
外の釜から薪かコークスで沸かしたのでしょうか。
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広い居間のようです、囲炉裏があって毎晩囲炉裏を囲んで一家団欒があったのでしょうか

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集落を見を終え、WRの写真を撮り終えたら、WRがバタンと倒れた。。。地面が柔らかかったからね。

この後、ダートの林道を走ったが、写真が録画されてなかった。。。録画ボタンしっかり押してなかったんだね。

「・・・・」 さっさと帰ろう(^^;




林道(未舗装700m)を出たところはT字路
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こちらを進む
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3㎞ほど舗装林道を走る、途中の道沿いには数件の空き家が点在している

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ようやく人気のある集落まで降りてきた、長知沢(ちょうちざわ)集落
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今回は予想外の廃集落を訪ねる事が出来ました。 走行距離:240km

空き家率の第1位は山梨県で20.53%、2位は和歌山県となっている。以下、高知県、長野県、香川県。

山梨には廃集落がまだありそうです。


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【関連記事】またかい?廃村2(その1)
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【廃村関連】廃村を訪ねて(1)
【廃村関連】廃村を訪ねて(2)
【廃村関連】廃村を訪ねて(3最終)



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プロフィール

中性脂肪600のクマ

Author:中性脂肪600のクマ
中性脂肪600のクマです、「クマ」とお呼び下さい

以前の名前は「中性脂肪600」でしたが、オフ会で名前が呼びづらいので「クマ」に変更しました。

2016年3月より30thセロー250にWR250Rから乗り換えました。
林道ツーリングやキャンプツーリングの記録を更新したいと思っています。

ブログ名は、検査したら中性脂肪が600mg/dLだったので。
最近検査したら150mg/dLに落ちていました(^^)/

リンクフリーです。
よろしくお願いします。

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